シンシアは、身長が185センチくらいある、ほっそりしていて、40歳を少し過ぎた、愉快な黒人の女の人です。
どこの国からやってきたのかよく分からないけれど、英語をペラペラ話します。
おならとゲップをしょっちゅうして、その後で、必ず、
「ワッオーッ!」
と、すごく外人らしい言葉を発します。
日本語はちょっとだけしか話せないのだけれど、先日参加した舞踏の合宿で、一週間ぐらい、彼女と二段ベットの上下で生活することになった私は、
ゴリ押しの日本語と、
強引な身振り手振りと、
知っている限りの英単語をならべまくって、
なにやら、仲良くなることに成功しました。
ある朝は、
シンシアが、そこらへんに生えているオレンジ色の花を容赦なく食べるので、おっかなびっくり一緒に食べてみたり、
ある夕暮れ時には、
ハングリー!は日本語で言うと、ハラヘッタ!だけど、可愛らしく言うとオナカスイタ!だよ、と教えてあげたり、
ある昼下がりには、
部屋に現れた小さな蜘蛛を発見して、
「ワータシハー♪クーモーガー♪キーラーイー♪」
という、オリジナルソングを突然作って歌うのを聞いて、みんなで笑ったりしました。
ある晩、食堂で、衣装を縫っていた私のところへ、シンシアが、目を見開いて、やってきました。
「モスキートーッ!!モスキートッッ!!!」
その後、どういう英語を口にしたのかは、覚えていませんが、私が理解したところによると、彼女の主張はこうでした。
「部屋に帰って電気をつけたら、天井一面に大量の蚊がとまっていて、私のことを待っていた。
ティッシュで全部殺したが、玄関から入って、階段を登って、廊下を通って、二階の端の我々の部屋のちょっとだけ開いていたドアから入ってきたに違いない。
今日から、部屋のドアも窓も、閉めて眠ることにしよう。」
大量の蚊がなぜ、そんな長い道のりを通ってまで、私達の部屋を選んで集まってきたのかわからないし、
その日、夕方から、なぜか大量に発生していた羽根アリが、網戸の隙間から入ってきて天井にとまっていたんじゃないかなぁ?という疑門は沸き上がったものの、
羽根アリを英語で何と言うのかわからず、
何よりも、シンシアがとても真剣に、私達のために戦ってくれたようだったので、私は、同室のかおりちゃんとじゅんこさんにもそのことを伝えて、その晩我々は、ドアも窓も締め切って眠りました。
おかげで蚊には、刺されなかったものの、クーラーの無い部屋は蒸し風呂のようになり、当のシンシアも相当寝苦しかったらしく、誰もあえてそのことには触れなかったけれど、次の日から、さりげなく、再び窓は開けられたのでした。
合宿も終わり、別れ際に、シンシアは、噂によく聞く、ハグというのをしてくれて、
それから、「成田山」と書かれたキーホルダーと、
「大学教授」と英語で書かれた名刺をくれました。
なぜ成田山?という疑問と、
大学教授だったのか!という驚きと、
別れの寂しさが渦巻いて半べそをかいている私に、シンシアは、歌ってくれたのでした。
「ワータシハー♪ヨーコーガー♪スーキーヨー♪」
「私の街に来たら連絡してね」みたいなことを、多分シンシアは言ってくれていたようだったけれど、人生で、シンシアにもう一度会える確率は、もの凄く低いと思われます。
しかし、私の財布の中では、今日も、「成田山」と書かれた金色の小判が光っていて、それを見るたびに、シンシアが歌ってくれた歌を思いだし、よし、頑張ろう、と思うのでした。
ちょっといい話になった。
山本陽子でした。
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