プリセタ公式ブログ

Archive for 12 月, 2008

可能性と人

最近「可能性」についてよく考えます。
可能性があるから人は生きていけるのではないかと。
可能性=希望と絶望ではないかと。

演劇を始めようと思ってから、とうとう3年が経った。
2005年に見た三つの芝居に衝撃を受け「こんな面白い世界があるのか」と心打たれ演劇を始めた。
芝居に関わってみたい、そんな気持ちからプリセタにお手伝いとして関わらせてもらい、僕の意志は自然と「お手伝い」から「脚本を書きたい」に変わった。
プリセタで脚本を書く、というわずかな可能性が2006年ごろの僕の希望だったように思う。
運が良かったのか、僕は脚本を書く機会に恵まれ、次第に次なる可能性を追い求めるようになった。
「作・演出で芝居を作りたい」
それはどこか遠い夢のようなことだと思っていたが、2008年にどうにかあらゆる方の力を借りて「サンドウィッチ」を作り上げたのだった。
芝居をするまでは「可能性があってもまあ無理でしょう」的スタイルだったのが、「可能性があるならやったほうがいいんじゃないの」的スタイルに変わり、3年間過ごしてきたように思う。
小さな公演ではあるけど、2008年の全ては「作・演出」をやったことだと思う。
これを新たなスタートとして、2009年は新たな可能性を追い求めたい。
2008年に関わって頂いた皆様、本当にありがとうございました。

席取り戦争

電車に乗っています。座席に座っています。
これまでの人生における周りからの反応から察するに、どうやら私は、他人から見て、人の良さそうな人に見えるようです。
しかし、本当は大変意地悪なので、そんな風に、狙いを定めて目の前に立たれても、席を譲ったりはしません。
別に疲れているわけでもないから、譲ったって全然かまわないのですが、あなた達には、とっても譲りたくないのです。
別に母娘揃って、上から下までピンク色のいでたちだからって、そのことは、ほとんど問題ではありません。
まず、幼稚園の年長さんくらいかと思われる娘が、入り口から入ってきて、なぜか、半端な位置に座っている私の目の前に立ちました。
ちらっとこちらを見て、ため息のようなものをかなり大げさに、ついています。
続けて母親と思われる女性が入ってきて、娘の隣に並んで立ち、なんだか嫌な言い方で、「吐きそうなの?」と娘に聞きました。娘は、ブリッコ風に、「うんー」と言いました。
私「・・・・・」。
娘は、かなり大袈裟に、フラフラしはじめました。
母親「だって誰も席を譲ってくれないんだからしょうがないでしょ?」
娘「うんー」。
私「・・・・・」。
母親「次の駅で降りそうな人の前に行きなさい。」
娘「うんー。」
二人は、隣の並びの席の人の前へと移動していきました。
本当は私も次の駅で降りるのです。
しめしめと思って勝利を確信し、立ち上がろうとすると、彼女らの前の席の人が二人電車から降り、二人はまんまと席につき、吐きそうなのも、フラフラも、すっかり治った模様です。
何なのさ!何なのさ!何なのさ!12月29日山本陽子でした。

Mの日。 12/28

関です。
関寛之です。
ありがとうございます!
今年一年本当にありがとうございました!
振り返れば今年はなんか
あっという間に過ぎた感覚があり
とても充実した一年だった様な気がします。
ふと
この一年何があったんだろうと
手帳を見てみるとあんな事やこんな事
いろんな事が思い出されて
そんなに遠い出来事でもないのに
とても懐かしく感じますが
なぜか6月から9月ごろまで
Mという文字が月に2、3回出てきます。
M。
・・・なんでしょうか?
ミュージック?
ムービー?
誰かの頭文字?
まったく思い出せません。
Mの日。
僕は一体何をやっていたのでしょうか?
「あーアレじゃない?それはアレだよ。」
と何かわかった人は教えて下さい。
「面倒くさい人だなぁ。」
遠くの方からそんな声が聞こえてきます。
来年もいろいろと
ご迷惑を掛けますが
何卒今年同様
暖かい目で
宜しくお願い致します。
皆様が良い年を迎えられます事を願いまして。
本当にありがとうございました◎多謝◎
関寛之

プリセタ日記。 12/28

富士です。
先日無事になんとか
新宿でのコント公演終了致しました。
劇場まで足をお運びくださりました皆様
本当にありがとうございました!
本日は、ナナ色という自主映像作品の撮影を
丸1日手伝ってきましたー。
役者としましても少しだけ
出させて頂いたので
これが自分にとっての仕事納めとなりました。
今年は多くの舞台に出させて頂き
本当に良い年だったなぁと思います。
個人的にもとても良い事があり
よかったなぁと思います。
来年もまた多くの人たちと出会って行きたいです。
細木数子さん的には
僕は今年、大殺界でどんな嫌な事が起こるのだろうと
内心びくびくしていましたが
なんとかなりましたよー!
って後、少しありますけどね。
油断せずに今年を終えたいと思います。
来年もどうぞ宜しくお願い致します。
皆様、どうぞよいお年をお迎え下さい☆
ここ一週間毎日酒浸りな
日々を送っている
富士がお伝え致しました。
お酒の飲み過ぎは
くれぐれも注意しましょう!
富士たくや

カウンター6番席の男

今日は近所のラーメン屋でアルバイトです。
夜中の12時を過ぎてから、大学生の男女が容赦なく団体で来店し、狭い店内は、てんやわんやの状況になっているのです。
あたふたと厨房と客席を行ったり来たりしていた私の目の端に、カウンターの端の席に座っている男の人が、テーブルの上に、100
円玉を一枚ずつ並べはじめた様子が、飛び込んできました。
24、5才だと思われるその人は、団体客の直後に来店してしまったため、かれこれ20分くらい、ラーメンが出てくるのを待たされているのです。
つい五分前に、オーダーを聞き漏らし、ちょっと怖い貧乏揺すりのお兄さんに、「俺のギョーザはまだなのか!」と怒鳴られてし
まった私は、この人も待たされ過ぎて怒っているに違いないと思い、おっかなびっくり近づき、「すみません。お客様の分、今、ゆで始めたので、もうちょっとだけお待ちください。」と言ってみました。
話しかけるために近づいてみると、一見気弱に見える彼が、貧乏揺すりとまではいかなくても、ちょっとだけ震えていることに気が付きました。
やばい!
完全に怒っている!
もう待てないからお金だけ置いて帰ろうとしているのか?
それとも物凄く急いでいて、食べ終わったらお金を投げつけて出ていくつもりなのか?
どちらにしても相当怒っているに違いありません。
様子をうかがっていると、その人は、震える手に数枚の小銭をのせて、なぜかちょっとだけ目に涙を浮かべ、とても丁寧な口調で言いました。
「お金が40円足りないのですが、家がすぐ近くなので、今から走ってとってきても良いですか。それとも食べてしまってから走ってとってきても良いですか。」
震える声で言い終えてから、ゴクリと唾を飲み込む音がはっきりと聞こえました。
私はニヤリと笑い、余裕たっぷりに、「どちらでも大丈夫ですよ」と言いました。
当店お薦めの黒ラーメンを平らげた彼は、その後、足りなかった40円を取りに、家へと走り去ったのでした。
深夜のラーメン屋には、いろんな人がやってきます。愉快。愉快。12月21日(日)。山本でした

病院のおばあちゃん

「すがいさーん」と呼ばれ、僕はふと周りを見回した。
やはりこの病院内に「すがい」という名前は僕一人であり、自分が呼ばれたのだと気付く。
周りを見回した時にふと、さっき文句を言っていたおばあちゃんと目が合った。おばあちゃんは「なんで?」という驚きの眼差しである。
僕は逃げるように、医者のいる病室に入っていく。

東京に来ておそらく初めて病気という病気をした。
39℃近い熱が出て動けないほど苦しかったが、病院にはいかねばと重い体を動かしてやってきたのだった。
病院は恐ろしいほど込んでいて、「もしかしたら2時間ぐらい待っちゃうんじゃないの?」とそれだけで疲弊し、近くのおばあちゃんは「どれだけ待ちゃいいんだろうねぇ」と見知らぬ他人に文句を言っていた。
僕も待つしかない、と決意して座ったのだが、何故か15分も待たずに呼ばれたのだった。
インフルエンザが流行っていたのがいけなかった。
僕もインフルエンザの疑いをかけられたらしく、インフルエンザ疑惑のある患者は早めに手を打っているのであろう。
医者を目の前に、僕はずっとおばあちゃんの「信じられない」的眼差しを思い返していた。
医者の診断が終わり、僕は出たくない病室のドアを開く。
見たくないと思いつつもチラッと目を向けると、おばあちゃんは殺意をあらわにした眼光で僕を見据えていた。
ちなみに僕は単なる風邪だった。

結婚とコント。 12/21

関です。
関寛之です。
行きます。
行きました。
我等が兄貴、富士たくさんのコントを
新宿のバイタス劇場に観に行きました。
あっという間に感じる程
楽しい時間を過ごすと共に
お笑いって難しくて残酷だなと思いました。
今日までやっていますので
もしお時間のある方は是非宜しくお願いします。
そして今から代官山へ遊園地再生事業団などで
活躍中の上村さんの結婚パーティーに行ってきます。
今年はいつになく幸せなお知らせを聞きますが
礼服を実家に取りに行くたびに
親の目が何かを語ってくるのをひしひしと感じます。
「父さん、母さん、会わせたい人がいるんだ。」
ウソでもいいから言ってみたいものです。

プリセタ日記。 12/20

富士です。
今日から新宿でコントをやっております。
いよいよ本番です。
4ステージと少ないですが、
みんなで面白くなる様
頑張っておりますので
皆様劇場に遊びに来て下さい☆
そう言えば今年ももう師走ですね。
今年の目標だった
「年6本舞台に立つ!」
という目標はなんとか達成出来たので
来年はどんな目標にするか今考え中です。
今年同様来年もいい年にしたいですね。
それでは、本日は以上です。
最近、麺通団に通いつめてる
富士がお送り致しました。
富士たくや

マクドナルドにて

女の子は目をうつろにさせながら、マクドナルドのソファに寝転んでいる。
その横で何故か僕は、この20歳ぐらいの女の子のひたいに氷を当てていた。
一体何が起こったのかよくわからなかった。

確か関さんと山本さんの三人で「サンドウィッチ」の反省会らしき話をしていた。
じゃあそろそろ帰りますか、と席を立とうとしたその時「バタン!」と何かが倒れる音がした。
「何だ何だ?」と近くにいた人たちが慌て始める。
山本さんがポテトを齧りながら騒ぎのほうへ近づき、不安げな様子で僕らをみた。
僕と関さんが近づくと、女の子が意識をもうろうとさせながら倒れていたんです。
菅井「大丈夫ですか?」
女の子「……」
菅井「立てますか?」
女の子「…はい」
菅井、女の子の腕を手に取り起こす。後ろから客のおばちゃんが出てきて、
おばちゃん「とりあえずソファだよ!」
菅井「はい!」
菅井、女の子を抱えソファへ。
おばちゃん「ほら寝かせて!」
菅井「はい!」
おばちゃん「氷と、あとブラゆるめないと」
菅井「え?」
おばちゃん「ブラゆるめないと!」
菅井「……。」

ブラは結局山本さんがゆるめ、僕らは救急車が来るまで、ただただ待っていた。
気がつくと誰よりも心配そうにしていたブラおばちゃんは消えていた。
女の子は救急車で運ばれていき、僕と関さんと山本さんは残された。
その時僕は、時に人は突然何かに巻き込まれるんだなと考えていた。

ついに……!

山本です。32歳と半年です。
先日、友人が2才の娘を連れて遊びに来ました。
私は割とチビっ子受けが良いので、彼女と仲良く遊びます。
生まれた時から知っている彼女は、友人が切ったおかっぱ頭をしていて、だんだん言葉が話せるようになり、どんどんかわいくなってきました。
布団にくるんで、飛行機が出発しまーす!ブーンブーン!着陸しまーす!の遊びが気に入ったようで、キャッキャと喜んでいます。あらまぁかわいい、まぁかわいい。三回目の着陸後、大喜びの彼女が言いました。
「おばちゃーん、もういっかーい!」
「!!?」
聞こえなかったことにして、4回目の離陸をし、またキャッキャと喜ばせて、無事に着陸した直後、またしても彼女が言いました。
「おばちゃーん、もういっかーい!」「!!!?」
そばにいた友人が、ちょっとあわてて、
「こらっ!おばちゃんじゃないでしょ!」と言ってくれましたが、私は余裕の感じを装って、
「いいんだよねー、お母さんの友達はおばちゃんだよねー。」と、必死の笑顔で言いました。
もしかすると、ちょっと顔がひきつってしまっていたかもしれません。・・・・・。
その日はとてもそこまでは無理でしたが、今度会った時には、自分から、「おばちゃんとあそびましょ」と、言ってやる勇気を持ちたいものだと思います。
ガーン、ガーン、ガーン、ドボーーン、ブクブクブク・・・・・。12月13日(土)山本陽子でした

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