プリセタ公式ブログ

Archive for the ' 菅井菅 ' Category

確固たる母子

5年ぶりに再会したFさんは、当時と比べ、何かが違っていた。

Fさんは昔フランス料理屋で働いていた時の先輩で、
右も左も分からぬ新人の僕に、
接客やマナー・その他世渡り術まで教えてくれた尊敬すべき女性である。
妊娠を機に、Fさんはその店を辞め、それ以来疎遠になっていた。

「4,5年会ってない知人と久々に会う」
というのが最近の僕のブームで、
今後二度と会わないかもしれないその人と、
最近は敢えて連絡を取ったりしている。

「当時のその人」が「現在」どう変化したのかを見てみたい、
そんな衝動からFさんと会うことになったのである。

平日の昼間の晴れたその日、
Fさんの腹を膨らませていたアノ物体は、
愛くるしい笑顔の少年として僕の前に現れた。
もう4歳になっていた。

僕らは井の頭公園の芝生にビニールシートを敷き、
家族のように、Fさんの作ってきた弁当をほおばった。

当時のFさんは、誰とでも一定の距離感を取るような印象があった。
話題が豊富で、人を楽しませることに長けているくせに、
相手が距離を縮めようとすると、
一歩引いて人と接するような、
ちょっと冷たい印象も兼ねそろえた不思議な人だった。

そんなFさんの結婚生活と子育ての4年間の、
人間ぽい生々しい生活を知りたかったのだが・・・、

4才のF息子がもぉ~
遊ぶ騒ぐ暴れる、
といった感じで、
3時間ほど井の頭公園にいたのだが、
結局2時間半はF息子と
キャッチボールをしたり、フリスビーを投げたり、水鉄砲を浴びたり、
で過ごしてしまい、Fさんとはあまり話せなかった。
F息子と遊んでいると、
自分に子供がいるような錯覚を覚え、
ものすごく楽しい2時間半だったのだけれど。

そんな愉しい時間の中で、こんな場面があった。

200m ほど離れたトイレから帰ってくる、F母とF息子に向かって、
僕は遊びで使っていたボールを思いっきり投げた。

大きな放物線を描くボール

ボールをキャッチしようと走るF息子

それを見守るF母

その時である

バタン!

転んだッ、
F息子が思いっきり転んでしまった。

そして、その後の光景は本当に一瞬の出来事だった。

冷静で冷たい印象を持っていたあのFさんが、

両腕を大きくスイングし、

カモシカのように太ももを上下させ、

ダッシュしていた。

遠くから、僕はFさんのダッシュを初めて見ていた。
見とれていた。

あっという間に息子の元へたどり着き、

そしてFさんは、

そっと、

息子を抱きしめた。

僕はこの光景を忘れられない。

息子を抱きしめるFさんはいつの間にか、
「母親」になっていた。

Fさんはこの世の誰よりも身近な距離感で、
息子を抱き締めていた。

5年間の間に
Fさんは大切な存在を育ててきたんだな、と
そんなことを思った。

血まなこの老人

数年前にインドに行った時の事だ。
僕がインドで感じた面白みのひとつとして
「値切り交渉」
がある。
「日本人=金持ち=カモ」
の図式がインドでは当たり前であり、
ホテルやタクシーは通常より値段を高く設定してある。
要は、「ふっかけてくる」わけである。
だから値段を聞いては、
わざと呆れ顔を作って「No、No」と言って帰る素振りを見せたりする。
そうすると、相手のインド人は慌てて10ルピー下げて再び交渉が始まるのである。
そんな日本人VSインド人の駆け引きが好きで、楽しみの一つであった。

インドの移動手段として、「サイクルリクシャー」という、
自転車に荷台のついた、簡易タクシーのような乗り物がある。
人力車の自転車バージョンだと思うと分かりやすい。
たった数十円で10分やそこらの距離を連れていってくれるのである。

説明が長くなってしまったが
インドでの旅にだいぶ慣れた頃、僕は一人の老人に出会ったのである。

年齢は60前後、父親と同じぐらいで、体は痩せこけており
ぼくはとある駅まで行くため、その老人が漕ぐサイクルリクシャーを止めたのである。
いつも通り値段交渉が始まる。
確か40ルピー(約100円)を老人は提示し、
僕はいつものごとく「No」顔を示す。
悲痛な顔の老人。
しかし断固譲らず、値切りを訴える。
苦しそうに「30ルピー」と口に出す老人。
しかし僕はさらに値切り姿勢を崩さなかった。
最終的に、「勘弁してくれ!」と
それは本当に苦渋の表情で老人「25ルピー」と言った。
僕はちょっと変な気分で頷いた。
老人の目は本当に苦しそうだった。

そして僕を荷台に乗せ、老人は自転車を漕ぎ始めた。

暑い…。

その日は30℃をゆうに越す炎天下だった。

老人の汚いTシャツは汗でびっしょりだった。

インドでは、サイクルリクシャーは立場が弱いらしく、
道路を走る老人は、車やタクシーから
「邪魔なんだよ!」
と罵声を浴びせられていた。

10分が経っても、まだ目的の駅につく気配はない。

どうやら駅まで結構遠いらしい。

老人は全身汗まみれ

両足のふくらはぎは震えているようにも見える。

時折、老人の荒い息が聞こえてくる。

しかし駅はまだ見えてこない…。

おいおい、これは60円の仕事じゃないだろ…。

老人は、ただただ自転車を漕いでいた。

僕は駅までの道のりの間ずっと、痩せこけた老人の背中を見つめていた。

なぜ僕はたった40円を必死に値切ったのだろう。
そんなことを考えながら。

結局25分かかって、サイクルリクシャーは駅に到着した。
疲れきった老人の皺だらけの手に、
僕は倍の50ルピーを手渡し、
逃げるようにその場を去ったのであった。

前置きが長くなってしまったが、
今日ペンギンプルペイルパイルズの「謝罪の罪」を見ながら、
僕はそんなことを思い出していた。
「謝罪の罪」は、本当に面白かった。

あの老人に倍の50ルピーを手渡したのは、
老人のため、というより
自分の為ではなかったか。

「謝罪の罪」はそんな色んなことを考えさせられた素晴らしい作品でした。

父との約束

「富士山登ろか?」
と僕は父に言い、父は
「うん、登ろか」
と言った。
つい先日の事だ。

そんなあっさりしたやり取りから、
今年7月、父と二人で富士山に登ることが決まった。
拍子抜けするほどあっさりとしたやり取りだった。

父はもうすぐ還暦を迎える。
いつの間にか老眼をかけ、
足はふらつき、白髪も増えた。
ほとんど実家に帰らないため、
久々に帰る度に、
父は少しずつ順調に年老いていた。
だからこそ、還暦を迎える前に
父と富士山に登ろうと思った。

実家に帰ってもさほど話すわけでもなく、
年齢を重ねるにつれ、
次第に本音は遠のいていったように思う。

父と出かけるのなんていつ以来だろうか。
そんなレベルの僕らが、
富士山までの道のり、
山頂へと続く道のり、
そして山頂に到達したその場所で
一体何を語るのだろうか。

そんな感じの、気まずさが充満しそうなこの状況を想像し、
しかし僕は不安を覆うように、
ワクワクとした昂揚感を抑えられずにいる。

山頂の寒い中、父と二人、
ブルブル震えながら朝日を待つ姿を想像し、
それはひどく滑稽に思えるのである。

テーマソング

「今年の俺のテーマソングはオアシスだ」
友達からそれを聞いた時、素直に
かっこいい~
と思ってしまった。
友達は今年一年を通して、何かある度にオアシスを聴くらしい。

テーマソング

いい響きです。
いや、そもそもテーマソングなんて一般人が持っていいものだとは思わなかった。

長渕の「とんぼ」とともにバッターボックスに向かう清原
We Will Rock Youが響く中登場するアンディフグ

それは、一流にのみ与えられた特権、
と思っていた。
しかし…
別に持ってもいいんじゃないか?
2010年、苦しいときも悲しい時も歯を磨いている時も、
その曲を聴いてはモチベーションを上げられる、
そんなテーマソングを僕も持とうと思った。


サカナクション「アルクアラウンド」
そうです。
今流行のサカナクションです。
流行の乗っかってしまって、すごく恥ずかしいのですが、
悩める若者の機微を乗せたこの曲が今の自分に適している気がして、
決めました「アルクアラウンド」
忌野清志郎さんの「デイ・ドリーム・ビリーバー」と迷ったのですが、
失恋の曲を明るく唄った「デイ・ドリーム・ビリーバー」を
テーマソングにするのはどうなんだ、と思い、
そもそも2010年のテーマソングが失恋の曲ってなんなんだ、と思い、
今っぽくてアレですが「アルクアラウンド」に決めた次第です。
ちなみに「アルクアラウンド」のPVはかっこいいです。
是非ユーチューブで試聴を。

皆さんも是非、2010年のテーマソングなんて作ってみてはいかがでしょうか。

公演後記

今思い返しても、今回の打ち上げは

なんかちょっと違ったぞ、

と思える打ち上げだった。

楽日公演が終わり、終えたことへの感動、を味わう間もなく
バラシ(劇場空間を元の素舞台に戻す)が慌しく始まり、
疲弊している体にムチを打つように、
重いものを運んだり、釘を抜いたり、掃除したり。
バラシが終わる頃には
ドッと押し寄せるように疲れが顔を出し、
その後の打ち上げは楽しいけれども、
すこしぐったり感が漂ったりする。
というのがお決まりの打ち上げパターンだったのだが・・・。

違ったんです。
今回は何かが違った。
やたらと楽しかった。
僕の勘違いだったら恥ずかしいのですが、
出演者やスタッフの皆さんも楽しんでいるように僕には見えました。
それを物語るように、
朝5時に打ち上げを終了した後、
別れを惜しむように、その後みんなでぞろぞろと松屋に食べに行ったりして。
朝5時に10人以上の大人がテーブル席に並び、
かっ食らうように牛丼を食べる光景は
滑稽でありながら、なんか素敵だった。

打ち上げ中、なんきんさんが楽しそうに話していたのは、
すごく印象的で、うれしかった。
今回『コミック』の劇中に登場する作品やTシャツを作って頂き、
なんきんさんがいなければ、『コミック』という作品が生まれなかった、
と言っても過言ではない陰の功労者。
そのなんきんさんが楽しそうにお酒を飲んでいる姿を見て、
『コミック』を作ってよかったなぁ、
と改めて思ったりしました。

出演いただいた客演の皆様、スタッフの皆様、
そして何よりご来場いただきましたお客様、
本当に本当にありがとうございました!

『コミック』ラストレポート

今作『コミック』が明日、とうとう終わってしまいます。
一ヶ月以上もの稽古期間を通して、
どんどん面白くなるこの作品が、明日終演を迎えるのは
本当に惜しく感じます。

とある夫婦の日常に、
じわりじわりと入り込んでくるマンガの世界。
気がつくと、『コミック』というおかしな世界にのめりこみ、
ラストが近づくにつれ、
終わってしまうのが惜しくなるような、
そんな作品だと思います。

上演中、役者ではない僕は、
毎回客席で『コミック』を見ていて、
少なからず出演者たちに嫉妬します。
今日まで7回の公演を経て、
出演者たちが演じる人物の、人生の一片が
日を重ねるごとにクッキリとした形であらわれ、
どんどん魅力を増すその姿に、
悔しくも嫉妬してしまいます。

今日の公演を客席で見ながら、何故か僕は
プリセタという劇団を全く知らない人間であればよかった、
なんて思ってしまいました。

たまたま下北沢を歩いていて、
ちょっと芝居でも見ようかな、と思い立ち、
たまたま駅前劇場の下の看板に貼ってある、
プリセタ第12回公演『コミック』のチラシを見て、劇場に足を運んでみる。
どんな劇団なのか全く予備知識がなく、
軽い気持ちで客席に座り、
音楽の高鳴りとともに幕が上がる。
そこそこ面白ければいいな、
とか軽い気持ちで見るつもりが、
いつの間にか『コミック』という作品世界に没頭し、
出演者たちの魅力に囚われ、
俳優・戸田昌宏と谷川昭一朗の二人に衝撃を受けているだろう。

プリセタの作品を見たことのない方も、
そして見たことのある方も、
今回も自信を持って、お届けできる作品です。

明日2/22 19時開演 
場所は下北沢駅前劇場
まだ当日券はございます。
明日消えてしまうこの作品を是非ご観覧ください。

菅井

『コミック』レポート3

オレンジ色の薄暗い照明の中、
狭い通路では不気味なささやき声が聞こえてきます。
開演30分前。
舞台裏の狭い通路では
これから出番を迎える役者たちが
今か今かと、舞台の幕が開くのを待っている。
舞台裏。
それは表には出せない怪しい場所。
役者たちは一様に、これから発するであろう台詞を
何回も反芻するように口にしている。
ふと僕の右側から声がして振り向いてみると
関さんが三角座りをしながら、ニヤニヤと台詞を言っている。
このニヤニヤもこれから舞台で見せるニヤニヤなのだろう。

僕はこの、開演までの30分間の舞台裏がすごく好きだ。
舞台に立つ前の緊張感と、
舞台に立つまで少しだけ時間のある安心感の、
ちょうどその狭間、
それが30分前の舞台裏である。

これから舞台に向かっていく役者たちの顔は本当に真剣で格好よく、
それが舞台に出てみれば、
バカな顔をしながら、
時に滑稽な姿を晒しながら演じていたりする。
僕は役者たちの、表と裏の姿を見て、

舞台っていいなぁ~

と素直に思う。

そんな舞台裏を想像しながら、
表舞台で戦う出演者たちを、
是非劇場に見に来てください。

ご来場お待ちしております!

『コミック』レポート2

盛り上がってまいりました。
『コミック』
公演を重ねるごとに面白くなってます。
いい大人がくだならい事と真面目なことを真剣にやってます。
なんでしょうか。
芝居は本当に生もので、日々進化しています。

あと三日で終演を迎えることが、本当に惜しくなってきました。
世界中がオリンピックで盛り上がる中、
下北沢という東京の片隅で、
小さな、熱いオリンピックが行われています。

芝居という記録に残らない、
その時だけしか行われない熱い物語を、
フィギュアスケートはビデオに録画して、
是非見に来てください。

ご来場お待ちしております。

『コミック』公演レポート

始まってます。
プリセタ第12回公演『コミック』が始まってます。
もう必死です。
11人の男女が
時にもがき、
時に苦しみながら、
少しでも良い作品を作るために必死になっています。
その結果、プリセタの中で類をみない面白い作品が出来上がっています。

平凡な夫婦の暮らしに、
ゆっくりと、
浸透していくように、
入り込んでくるマンガの世界。
事情を抱えた11人の人間たちが、
『コミック』という作品の中で関わり合い、
滑稽に生きております。

夫婦とマンガ。
日常と非日常。
コミカルとシニカル。
そんな相反する二つの世界が
絶妙なバランスで生まれた作品『コミック』。

2月22日まで駅前劇場にて上演しております。
是非劇場で見て欲しいです。

女性の到来

事件。
これはプリセタにおいて、一種の事件である。
なんたって、この度初めて
プリセタの演出面で女性が関わることになったのだから。

わたくし菅井が今回ご紹介するのは、
今や「コミック」稽古場で頼れるアネキ的存在、
伊藤留奈さんです。

1年ほど前だろうか、
留奈さんの演出する作品「紙風船」を見て、
僕は少なからず衝撃を受けた。
面白かった。
面白くて思わず、2回見に行ってしまった。
人間をしっかりと表現する方なんだろうなぁ、
とあの時思ったのを覚えている。
一度ちゃんとお話してみたいなと思っていた矢先、
プリセタの演出協力として、
今回留奈さんが関わって頂けることを知り、
僕は大いに喜び、同時に少々ビビっていた。

なんか恐そうだな~

ちょくちょく眉間にシワを寄せてるし。
そういえばペンギンプルペイルパイルズに出演している時も怒っている印象が強く、
怒ったら恐そうだ…
と変にビクついていたのだが、
そんな心配は徒労であった。

屈託のなさ

そう、なんと言っても留奈さんは屈託がない。
よく笑い、よく酒を飲み、そしてよく話す。
稽古場のお菓子も割りとよく食べている。
稽古場では伊藤さんではなく、
皆が一様に「留奈さん」と呼び、
谷川さんにいたっては「留奈ちゃん」と呼んでいる。
ちゃん付けである。
皆から慕われる理由はなんといっても
留奈さんの意気揚々とした「屈託のなさ」であろう。

一ヶ月もの稽古期間で、留奈さんはあっという間にプリセタに溶け込み、
そして今や、なくてはならない大きな存在である。
なんたってプリセタは男だらけの劇団員で構成されており、
女性の到来が、プリセタに新たな息吹を醸し出している。

本番はもう目の前です。
今までとは違う、新たなプリセタがもう目の前です。
今回は敢えて留奈さんの写真は割愛させて頂きました。
「コミック」を見ればそこに、伊藤留奈の香りが漂っているだろう。

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